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ぬくもり

手仕事が機械化し、効率が優先される。

手をかけることをわずらわしさととらえ、温もりが淘汰される。


不便であるという豊かさはいつしかマイノリティへと姿を変え、

便利であるという不自由に価値が移行していく。


手をかけること、永く用いるということ。

そうすることでしか、得ることができないものがあるということ。

職人が淘汰されてしまう時代を作る価値観は、感受性の乏しさをも招く。

淡さや脆さを抱擁してしか生まれないものもある。





おひつが欲しいなあと思いながら、

そんなことが頭に浮かびました。

購買動機の正当化ですね。
 

誓約と制約

なにかを目標ができたとき

それを達成するにはどうしたらよいか。


それは、それを達成すると決意すること。

期限を設け、そしてそれを紙に書く。


希望を使命にする。その使命を公言する。

そうすることで生じる時間軸。

そうすることで浮かび上がってくる足りないもの。


できない理由を取り繕うは

やらない者のたんなる言い訳。

言い訳程度でやらないのであれば、

それはそもそもその程度の想い。


継続は力なりというけれど、

継続して力が身につくのはもとより、

まず継続するための力がいる。



誓約をし、制約を決める。

20代で自分のお店を持ちたい。

という目標を使命に変え、

その誓約のために、

タバコをやめるという制約を課した。



その気になれば、簡単。

その気になるのも、簡単。
 

反すう

増え続けていく本を、いったん整理。

残すべきと処分すべきを分別。


半分以上は処分し、残すものを今一度読書。

最初に読んだときとは違うあらたな発見も。

一度そしゃくしたものは、違う味がするもので。

何度も反すうし、腑の深くに染み込むまで。


小さい頃から培った価値観は簡単には覆らない。

良くも悪くも。

無意識に作用しているものはなおさらで。


いい本読んだな。で終わってしまって、

本棚の肥やしになるだけなのはもったいない。

何度も反すうしてこそ、身の肥やしとなる。



いろんな知識や得て、見解を広げ、

自分というフィルターを通して、

それがはじめて個性となる。





 

根をのばせ

新春というこの時期は

新しいことをスタートさせるには

気持ちのうえでは格好の時期。

だけれど、ただ、まだいささか冬が深すぎる。


新春がすぎ、立春を迎えるのだけれど、冬はこれからが本番。

年度の初めがいいタイミングかな。

気持ちがはやり、思いがくすぶるのならそれもまたよし。

始まるまえに潰えさえしなければ。。



何も咲かない寒い日は、下へ下へと根をのばせ。

やがて大きな花が咲く。
 

時間

2014年も、10日がすぎ。

ある小説の 印象的なフレーズ。


「残念ながら(時間は)ちゃんと動いているね。時はどんどん過ぎ去っていく。

過去が増えて未来が減っていく。可能性が減って、悔恨が増えていく。」


それが大人になるということかもしれないし、それはまた別のことかもしれない。


可能性が具現化し、希望が増えていく。

そんな時間の経過をしたい。
 

アク

自分を出そうとするとアクが出る、それは仕方がないんだよ。


最近読んだ、小説の一節。

そして、


一つのものを他から見極めようとすると、どうしてもそこで差別ということが起きる。

この差別にも澄んだものと濁りのあるものがあって、ー


とつづく。


個性を出そうとすると、どうしたって灰汁の部分も出る。

それを濁りととらえ、嫌悪感を抱かせてしまうこともある。

自ら灰汁を出しているんだと自分を納得させることで、

周りを攻撃し、防御の術としてしまうこともある。

灰汁ができって、その後の個性が充分にでだすそのあいだ、

まるで自分がなにもないような虚無感におそわれることもある。


振り返ると客観視できるけれど、当事者は、そうは見れない。

不安と自己嫌悪に苛まれることもある。


それらを、澄んだ差別をしてあげることが、たとえささやかでも救いになるのかも。




威勢のいい若造の、個性と灰汁はセットなのだ。

そこにこそ潜む、機前のチカラの可能性。
 

もんもんと

たまに もんもんとすることがある。

過去を振り返り 今を確認し

未来を想定する。

過去は色あせ、悔いが生まれ、

隣の芝生は青く見え、

未来には不安が立ちはだかる。


地団駄を踏むことしかできなくて、

でもそれだけでもなにか行動している気になって、

見えない未来を、少しでも切り開こうとして。


幸せは自己満足、不幸は被害妄想。

とはよく言ったもので。


隣の芝生が青く見えるのは、

その努力も苦悩も知らないからだ。


批判はかんたん。

憧れもかんたん。


いたらなきを自覚し、

不甲斐なきを自覚し、

うらやみではなく、自らの不足として、

それを補おうとして歩み出し、

そうすることではじめて道は開けるのだ。

希望が未来を解き放つ。




それでも、いつかから見れば、

いささかでも前には進んでいるはずだから。


目指す場所を知覚する。

そして想いに伴う行動をする。
 

何度も

気がつけば何度も読み開き 反芻し

知らず知らずのうちに腑に落ちて

それがみずからのバイブルとなる。


AZUMAの、そんな2冊。








付箋たっぷり。
 

冬近し

秋の色とりどりを装った円山も、

気がつけばすっかりと枯れた色になっていて。

まるで間もなく降る雪をまとうために

一度衣を脱いだかのようで。



格段冬が好き。っていうわけでもないのだけれど、

むしろ雪に対する嫌悪感 -主に雪かきに対してのだけれどー

と、厳しくなる寒さに対する憂鬱さは少なからずあるのだけれど、

だけれども、朝起きて、外が、黒いアスファルトも、葉を落とした木々も、

家を守る屋根も、一夜にしてまっしろに覆われていることに対しての、

言葉にならない言葉が、あの感じが、なんとも好きなのだ。


また来やがったか。と罵りたくなりつつも、顔はにやけ、

浮き足立っているみたいな感じで。



降り積もった雪はすべての色を奪い、

降り落ちる雪はすべての音を奪う。

すべてが白くオブラートされ、

聞こえる音は雪を踏む音だけ。



冬を毛嫌いしながら、冬が待ち遠しい。

ああ、やっぱりどさんこだなあと。
 

モノサシ

最近知った、映画監督の小津安二郎氏の言葉。

「どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う」 



この言葉で、肩の荷がおりるような気持ちになる人もいれば、

ふんどしをしめなおす気持ちになる人もいるかもしれません。



きっとこの言葉は、レトリックの効いた、

ひとつのモノサシのかたち。
 

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